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鎌倉新仏教~禅宗
【禅宗は達磨から伝わった】
仏教にはいろいろな宗派がありますが、現在有名な宗派は鎌倉時代に出てきたものが多くあります。最澄が伝えた天台宗はそれまでの日本にあった小乗的な仏教であったのに対して、大乗仏教で、比叡山延暦寺を建立してそれを発展させていこうとしました。
その比叡山延暦寺では天台宗の経典である法華経(妙法蓮華経)に加えて、戒律、禅、密教の四宗が教えられていて、そこで学んだ学僧の中から、鎌倉時代になって大乗仏教に改良を加えたものが次々とでてきました。その中の一つである禅宗が鎌倉時代に発展していきました。
禅宗は延暦寺で天台宗を学んだ栄西が宋に渡って臨済宗を学び、日本に伝えたことから発展していきました。禅宗の考えは釈迦の仏教に近いもので、浄土宗のように阿弥陀如来に頼るのではなく、自力で悟りを目指すというものです。
自力で悟りを得るには、出家して修行しなければならず、その手段として経典から教えを学ぶのではなく、坐禅をすべきであるというものです。
なぜ坐禅がいいかというと、そもそも釈迦が初めて悟りを開いた時に行っていた方法で、坐禅はその釈迦以来の方法を正しく伝えたものであると考えるからです。この考えは達磨によって禅宗としてインドから中国に広められました。
また、禅の基本的な考えに不立文字というものがあって、真理は言葉では完全に表現できないということで、経典では十分教えを伝えられないと考えられています。したがって、禅の教えを伝えていくには言葉や文字でなくて、優れた師から直接教えを受ける(以心伝心)必要があります。
達磨は釈迦から二十八代にわたって真の仏教を継承されているという法統にあって、その流れが中国で継承され、さらに日本においても中国経由で継承されているとされています。
【日本人の生活に禅の考えは浸透している】
このような禅宗の中において、悟りを得るにはただひたすら坐禅をすべきという教えを宋で学び、日本に広めたのが道元です。道元は栄西の弟子である明全から禅を学んでいましたが、それに飽きたらず、宋で曹洞宗を学んで、日本の曹洞宗の開祖となりました。
曹洞宗では、公安とよばれる師匠と弟子のやりとりや、師匠のふるまいを記録した禅語録から抜き出したものを研究して理解することによって、悟りへと導かれるヒントになるを得て、悟りに至ろうとする方法に対して、ただひたすら坐禅をすることによって精神や身体へのこだわりから離れた境地に達して、悟りを得ていこうとする考えです。
また、禅宗では日常生活の中の炊事、洗濯、掃除といった様々な雑事を自分で行うことも修行であり、そういった生活の中に悟りに至るきっかけがあると考えられています。
日本では自分のことは自分でしなければならないと教育されることがあたりまえのことになっていますが、例えば学校での掃除当番はアメリカでは清掃員が行うべきことで、自分達は学校に勉強をしに来ているのだから必要ないというふうに考えます。掃除も教育の一環であるという考えが日本で一般化しているのは、禅の考えが日本人の中に浸透しているからです。