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鎌倉新仏教~浄土宗
【阿弥陀如来は極楽浄土にいる】
仏教にはいろいろな宗派がありますが、現在有名な宗派は鎌倉時代に出てきたものが多くあります。最澄が伝えた天台宗はそれまでの日本にあった小乗的な仏教であったのに対して、大乗仏教で、比叡山延暦寺を建立してそれを発展させていこうとしました。
その比叡山延暦寺では天台宗の経典である法華経(妙法蓮華経)に加えて、戒律、禅、密教の四宗が教えられていて、そこで学んだ学僧の中から、鎌倉時代になって大乗仏教に改良を加えたものが次々とでてきました。その中でも有名なのが、四宗の中の戒律から発展した浄土宗です。
人は六道を輪廻して永遠に四苦八苦を味わっていかなければなりません。でも、解脱して悟りを開いた人(仏陀)は輪廻から脱して、別のところに住んでいるはずで、それが浄土です。したがって、浄土は解脱した仏の数だけあることになって、例えば薬師如来の浄土は瑠璃光浄土、阿弥陀如来の浄土は極楽浄土といった具合です。
でも浄土といえば、極楽浄土が最も有名です。なぜ、極楽浄土が浄土の代表のようになっているかといえば、阿弥陀如来だけが、念仏を唱えれば自分のいる浄土に生まれ変わらせるという誓いを立てていて、この阿弥陀如来の誓いを信じていれば、救われて自分も浄土に行くことができると考えられるからです。
これは自分の力ではなく、他の力によって救われようとすることで、他力本願の考え方です。「本願」というのは阿弥陀如来が人々を救うために立てた四十八の誓願のような誓いのことです。ちなみに、念仏を唱えれば自分のいる浄土に生まれ変わらせるという誓いはこの四十八の誓願の内、十八番目の誓いのことです。
このように、浄土宗とは阿弥陀如来を信じれば、阿弥陀如来のいる極楽浄土に生まれ変わることができて、そこで修行すれば自分も仏になれるというものです。
【「南無阿弥陀仏」は阿弥陀如来を信じること】
念仏を唱えれば極楽浄土に行けると言っても、具体的にはどのようにすればいいのかということが問題になってきます。中国の浄土教における念仏というのは「観想念仏」というもので、普段の生活の中で極楽浄土を思い浮かべればいいというものです。
この考えは平安時代に日本にも伝わり、源信という僧が当時の貴族に広めました。貴族は極楽浄土を思い浮かべることを絵画や建築物などで極楽浄土を連想できればなお、いいのではないかと考え、その究極の形が藤原頼通のつくった平等院鳳凰堂です。これは地上につくられた極楽の風景をイメージしたものです。
しかし、この観想念仏ではお金と時間のある貴族しか、極楽浄土に行けないことになり、大乗仏教の考えとは矛盾するのではないかと考えた僧が出てきました。それが鎌倉時代に比叡山延暦寺から出てきた法然です。法然は天台宗から独立して浄土宗を興しました。
法然の浄土宗は、自力の修行は捨て、自分には悟りを開くような力はないので、阿弥陀如来の本願にすがるという考えです。どのようにして本願を信じるかといえば、阿弥陀仏の名前を唱えればよいとしました。つまり、「南無阿弥陀仏」と仏に呼びかければよいということです。つまり、阿弥陀様に帰依(南無)するということで、阿弥陀仏に救いを求めるという意味です。この方法であれば、誰にでもできます。
ただ、「南無阿弥陀仏」と唱えるのも、できるだけたくさんの方がいいということになっていましたが、法然の弟子の親鸞はその方法をさらに修正して、「阿弥陀如来の力は絶対的なものであって、自分達はそれを信じる。
信じているのであれば何回も唱える必要は無く、一回でも十分だ」という考えに到ったわけです。また、阿弥陀如来の絶対的な力にすがるのであれば、僧のように出家したり、妻子を捨てたりしなくても、阿弥陀如来の前では僧であるかないかは関係ないという考えにも達しました。これが浄土真宗で、浄土真宗のお坊さんは妻帯しています。
さらに、法然、親鸞とは別系統に時宗の一遍という僧は法然が回数、親鸞が信じることが重要だといったけれども、信じることすら必要ないと説きました。これは偉大な阿弥陀如来は信じる人と信じない人を差別するはずはないという考えからきています。
このように浄土宗でも阿弥陀如来の信じ方によってさまざまな宗派があるのです。