随 想(思いつくまま)

(9/8) 「世界秩序の崩壊」を読む
 世界秩序の崩壊」の著者はジョージ・ソロスである。ジョージ・ソロスといえばヘッジ・ファンドの雄、投機で巨利を得た人物のイメージが強い。たしかに投資法の開拓者であり、個人資産110億ドルといわれる資産家である。
 ブッシュ大統領が「テロとの戦争」を掲げてイラク戦争に踏み切った際、その誤りを指摘し大統領選挙の際は再選反対運動に資金をつぎ込んだとされる。イラク戦争は資本主義、民主主義の衰退を招く過ちとし、以後一貫して現在のアメリカの行動を批判している。
 本書においてもその主張に変わりはない。イラク戦争は世界におけるアメリカの発言力を確実に弱めており、既にアメリカの主導性は地に落ちていると警告する。
 彼はもともと哲学者であり、「オープン・ソサエテイ」の唱導者である。世界は統治する国家に対して統治される市民社会が、批判し、公然と意見を発表できる自由が保証される社会でなければならないとする。私は「オープン・ソサエテイ」について十分に理解したとはいえないが、納得できる点が多い。
 彼が並みの資産家と違うところは、各国に財団を設立し、資金を提供し、自らの理念を実践している行動家であるところにある。そのためには世界各国の現状を俯瞰的に捉えることが不可欠であり、この現状分析もなかなか面白い。崩壊してしまったと思っているロシアがすでに息を吹き返していること、イラン戦争のかげで着実に核開発の実績をつくりつつあるイランの存在、中国、EUの分析も示唆に富む。
 そして今、気がかりな諸問題は、テロとの戦争、サダム・フセインの類をどう扱うのか、民主的な発展をどう涵養し、貧困を減らすのか、地球温暖化と核拡散にいかに対処するかであると云う。
 日本については本書の中では特に章を設けていないが、「日本の読者へ」として序を寄せている。アメリカの「テロとの戦争」が日本の市民社会にも揺さぶりをかけ、好戦的な国粋主義的行動の復活が世界的現象となりつつある情勢下、日本も後、数年を経ずして将来の経済および国家安全の政策においていくつかの大きな選択を強いられるだろう、すなわち憲法九条、核兵器開発の忌避、世界相互依存の政策を改変するか否かの選択を迫られるであろうとする。国際情勢を視野に入れての改憲反対運動が求められているのかもしれない。

 「世界秩序の崩壊」−「自分さえよければ社会」への警鐘ー
  著者 ジョージ・ソロス
  2006年10月11日発行
  発行所  (株)ランダムハウス講談社