随 想(思いつくまま)

(8/27) 「旅する巨人」を読む
 宮本常一と渋沢敬三
 図書館伝記の棚で目が止まった 副題には宮本常一と渋沢敬三とある 躊躇いなく借用本の一冊に加えた 読み進むにつれて宮本は渋沢なくしてはありえなかったことを知った かねてから土佐源氏の作者である宮本常一は気懸かりな存在であったが 民俗学者としての柳田国男と並び称される巨人であることを知った
 私の土佐源氏との出会い
 私が松江労演事務局長時代 ぶどうの会公演を例会に取り上げたことがあった 当時松江労演の財政状態は絶望的危機にあり 劇団に対してギャラの未払金を発生させてしまった 俳優坂本長利が故郷に錦を飾る公演で 彼のメンツに泥を塗ったのである その後自責の念にさいなまれ 上京後も彼の舞台は欠かさず見るように努め(日活ロマンポルノを含めて)たが その中に珠玉の一人舞台 土佐源氏があった
 柳田と宮本と渋沢
 日本の民俗学は柳田国男なくしては語れない アカデミックな柳田民俗学に対する在野宮本のエネルギー 両者の生きた時代背景 開戦に伴う国策協力 経済成長時代と地方経済の崩壊 激動の明治大正昭和における渋沢財閥の移ろい 底なし通貨発行の歯止めをと期待されて日銀総裁に就任し戦後は大蔵大臣として預金封鎖などその後始末に身を捧げた渋沢の一貫した民俗学へのパトロネージュ精神 などなど感動と興奮のうちに読み終えた
 新幹線と三ちゃん農業
 旅の面白さは未知との遭遇にある 新幹線は時間短縮というメリットをもたらしたが 反面 車窓の観察を切り捨てたし 何より一番の罪悪は座席を同一方向に並べ乗客どうし対話の習慣を葬ったことにある 農村の封建制度打破への方策としての嫁への財布の委譲という命題は 三ちゃん農業の到来によりあっという間に実現してしまったが 一方で民俗伝承の世界をも大きく破壊して今がある 全国を足で歩き 膨大な聞き取りの上になりたった宮本民俗学を思うとき 新幹線に象徴される経済成長の功罪を思わずにはいられない
 渋沢敬三の肖像画
 日本銀行旧館に歴代総裁の肖像画を掲げた廊下の一画がある いずれも椅子に深々と座り 顔は眼光鋭く威厳に満ちている 画家の方も和田三造はじめ錚々たる顔ぶれである 恐らく自薦他薦生臭いドラマもあることだろう これらの中で一際目だってユニークな一点がある 渋沢敬三である たしか画家は小絲源太郎であったと記憶するが 威厳というよりは笑顔で手をポケットにつっこんで立つている姿である 肖像画というより印象派風な一絵画である 私はこの絵が好きであったし 敢えてこうした絵を画かせた人柄に興味があった 今回この本から すべてを納得した