随 想(思いつくまま)

(12/20) 「玉川情死行」と「南方徴用作家」
 玉川上水情死行
 玉川上水ネットに誘われたのが縁で、上流から下流にかけて歩き、このところ上水浸りである。図書館の棚に「玉川上水情死行」の活字が目にとまったのは偶然ではない。玉川上水の太宰治が入水した地は我が家から歩いて15分の所にある。彼の旧居のあったところや、死体が発見された新橋付近、さらに三鷹禅林寺の墓には足を運んだことがあり、著作のいくつかを読んだ。桜桃忌前後彼の墓前での酒盛りに出くわしたこともある。しかし、情死の相手女性については全く無知であった。
 悪女の復権に共感
 今回本書を読み、彼と死をを共にした山崎富栄なる女性の一端を知ることとなった。作家林郁の序によれば山崎富栄をじかに知る人が記した最初の書とある。太宰の死について書いた文壇の権威・著名人達の筆(井伏鱒二は二人を結んでいた紐を絞殺した紐に変えて話しを展開し、亀井勝一郎は「・・・用意周到な計画性を持つ女の虚栄心ほど恐るべきものはない…」と書く)はあまりに富栄に酷いが、彼女は親切で有能な女性であり、晩年の太宰を支えた かけがえのない人であったと著者梶原悌子は説く。私自身太宰を唆した女性という おぼろげなる先入観を懐いていただけに眼からウロコの本であった。
 「南方徴用作家」を読む
 本書に先立ち「南方徴用作家」を読んだ。太宰と同世代の作家たちが、徴用され占領地の文化工作、陸海軍の従軍報道に当たった。その経緯や各作家の仕事振りを概観したものである。太宰は健康上不合格となり徴用されていない。太宰が師と仰ぎ晩年は悪い人と決めつける井伏鱒二はシンガポールで現地新聞昭南タイムスの責任者として活動した。晩年、彼の代表作とされる「黒い雨」は被爆体験者の日記の盗作ではないかと喧伝されている。(シンガポールでは井伏と同じ頃、中島健蔵が日本語普及活動に積極的に取り組んだ様子が「海を渡った日本語」に書かれている。)文壇の権威の筆による活字を、疑うすべなく読まされている我々読者の立場をどう解釈したら良いのだろう。そんなことを考えさせる2冊である。