随 想(思いつくまま)

(11/2) 「私たちは、脱走アメリカ兵を越境させた・・・」を読んで
 一期一会
 図書館の書架にこの本を見つけ、迷わず借りた。かって何かの折、「隣に脱走兵がいた時代・・」(注)を興味深く読んだことに話が及んだ際、同席しておられた著者の高橋武智氏がその本で封印された部分を書き残す義務が自分にはあり、その作業に着手していると話されたし、それが刊行されたことも知っていた。
 万事おくての私が現代社会の体制と反体制という構造に目覚めたのは「思想の科学」という雑誌に出会ってからだ。何年か前に市民意見広告に賛同したのも、思想の科学の人脈に対する親近感からだったかもしれない。実際に意見広告運動を手伝うことになってその事務局が吉川勇一氏の、つまり「市民の意見30の会・東京」の拠点であること、”30の会”がベ平連の人脈、思想の科学の人脈とも極めて近いことを知った。
 運動ではいろいろの人との出逢いがある。かって「ドブロク裁判」に共鳴して何がしかのカンパを送ったことを話した際、なんと吉川勇一氏が前田俊彦氏の有力なパトロンであったのであり、書架の追悼集「瓢鰻まんだら」を進呈されたことにも驚いた。また宇井純氏のことから、私も一時期、東大校舎で続いていた公害原論のテープ起こしを手伝ったと話した時、事務局専従のI氏が「僕も公害原論に入り浸っていたよ」と話されてびっくりした。全て「反体制」という点で通底している。みな反体制の闘士だった過去を持ちながら、なんと穏やかな紳士であることか。反体制の側に真実ありという思いは益々強くなる一方である。つい読後感とは別の次元に思いが飛んだ
 平和国家とは何か
 本書最初の方で、ベトナム勤務を拒否し、平和主義の憲法を持つ日本に希望を託して、密入国してきた韓国軍兵士が滞在を認められなかった例を挙げ、つまり日本国憲法は戦争放棄の実現に必要なはずの人類普遍性の域に達していないことに注意を喚起している。このことからもわかるように本書は世界全体を見据え歴史の流れといった視点で書かれている。
 本書の内容は、ベ平連の活動がアメリカのスパイ潜入によって従来の脱走兵越境ルートが不可能になってから、如何にして脱走兵を越境させるか、そして越境に成功するまでの孤独な、地を這うような努力が書かれている。具体的には旅券変造の技術を、ヨーロッパのレジスタンス或いは人権擁護組織等の人脈に接触、習得して持ち帰り、別途送付を受けた外国人の真正旅券を変造し、越境に成功させた事例の報告が本書の中心になっている。反体制は宿命的に負け犬となることが圧倒的に多いが、勝った希有のケースというのも面白い。名実共に平和憲法が人類普遍性を持つためには、どんな闘いが必要かも無言のうちに語っている。そういう見地からも将来のために書き残されるべき価値のある本だと思う。

(注)「隣に脱走兵がいた時代―ジャテック、ある市民運動の記録」
   関谷滋、坂元良江編  思想の科学社  1998,5発行

   「私たちは、脱走兵を越境させた・・・」
   高橋武智著  作品社  2007,11発行