随 想(思いつくまま)

(10/24) クラス会に出席
 高校の同年次同窓会に久しぶりに出席した(同窓会と言うと母校の年代を超えた広がりを持ち、クラス会と言うと数ある中の一クラスと矮小化する)。年に一度の集まりということで懇親会に先立ち、総会開催、議題審議という序幕があった。議題の内容は同窓会から親睦会へ会の性格を変更しようという提案であった。その相違点は同窓会は自動的に会の構成員になり会費納入の義務を生ずる。親睦会ならば会員になるかならないかは本人の自由であり、絶縁することも自由である。会の会計負担軽減の狙いもある。特に反対意見もなく提案は了承された。
 今回の総会は例年より少なかった。年々歳を重ね、一泊旅行は負担となる健康問題が背景にある。前回体調不良に見舞われドタキャンした前科を有する自分としては、出席の回答をしたかには石にかじりついても出なければとの思いも重なって、少々疲労を感じた。会は楽しく友情に酔った。
 帰路の車中で、あらためてクラス会について考えてみた。年々出席の顔触れは固定化している。会話は高校時代の延長で懐かしい。人生の経験を積み相手の気持ちを忖度し、激情に駆られて口論に発展することはまずない。当面の身近な問題を抱えていても、過去の誇りたいドラマヲもっていても、現状憂国の感情はあっても、真情吐露までには至らない。紳士の仲良し会である。出席しない人たち心情には様々な思いが去来していることだろう。それは聞くすべを持たない。会報は投稿ままならず、編集者はやきもきしている。ヤツはどうしているかなという思いは各自が抱いているが、ヤツの近況が会報に載ることはない。と言って取材記者が近況を聞いて回ればよいというものではない。クラス会の宿命のようなものを感じた。