随 想(思いつくまま)

(1/1) サルの話
 謹賀新年
 今年は申年である。年頭の所感としては甚だ次元が低いが、肩の凝らない話から始めよう。書物からの知識に過ぎないが、猿の生態のうちで、次の点が記憶に残っている。
 序列社会
 猿の社会は厳然たる序列社会である。群れの構成員はトップのボスからビリまで序列がついており、下克上は許されない。常に序列を巡って闘いが行なわれており、背の上に乗るマウンテングという儀式が見られる。乗られた方は自らの下位を認めることであり、服従を余儀なくされる。このようにして群れの秩序が保たれているのである。人間の深層心理となんと似ていることか。人間の場合はマウンテングのような儀式がないだけ陰湿かもしれない。
 お猿の運転手は何処へ
 一昔前は動物園のお猿の電車は子供たちの人気者だった。いつ頃から姿を消したのだろう。外人の目には動物虐待と移り、世論に捺されて廃止となったようだ。動物園で異常出産により産まれ、人間の手によって育った猿は群れには帰れない。こうした不幸な猿の願ってもない良い就職口であったのだ。生きがいと就職先を奪い、逆に虐待しているかもしれない。動物との共生は難しい問題である。
 親友の親友は他人
 或るサルの学者の話である。彼は長年のサルとの付き合いの中で絶対的な信頼関係を築いてきた。群れの一員として遇され、会話も成り立つぐらいだったという。或る日彼は無二の親友をつれて群れに入った。すると彼らは遠巻きに人間を観察するだけで、とうとう姿を現さなかったという。自分の親友だから彼らも信じてくれるだろうという、安易に考えた誤りであった。上記序列社会のようにヒトもサルもあまり変わらない反面、こんな話を聞くと両者の決定的な差異を感ずるのである。
 ちなみに私は申歳、年男である。