大団円を目指して


第28話 「共闘」



「ちょっと、アーチャー! 随分と話が違わなくて!?」
「黙っていたまえ、舌を噛む」

 魔道の名門エーデルフェルト家の若当主ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと、固有結界という大魔術の使い手である未来の英霊、エミヤ。

「話を誤魔化すのはお止めなさい! マスターたる(わたくし)が釈明を求めているのです! ならば今すぐに答えるのが従者の務めというものでしょう!」
「それも時と場合によるな。ルヴィア、君は今の状況を理解しているのかね?」

 未来知識という圧倒的なアドバンテージを持った、聖杯に選ばれしマスターとそのサーヴァントたる二人。

「貴方の口車に乗った結果が、これですわ! 何が、今ならセイバーのマスターを倒すのは容易い、ですか! サーヴァントが四人もいるなんて、聞いていませんわよッ!」

 そんな彼女達は、今、全力を以って逃げていた。

「セイバーが召喚されている事は予想出来たが、ライダーにキャスター、バーサーカーまでいるとはな。いや、これには私も驚いた。所謂バタフライ効果というものなのかもしれないな。どうやら、この歴史の本はまだ読んでいなかったようだ。ところで、決断したのはあくまで君だよ、マイマスター」
「クッ……貴方を信じた私が愚かだったのですわ」
「何、失敗するのは恥ではない。同じ失敗を繰り返す事が恥なのだよ。次から気を付ければ良いさ」
「ちょっとッ! 何を私の所為にしているんですの!? 断じて私のミスではありません!」
「やれやれ、己の失敗を従者に押し付けるとは情けない。あまり私を失望させて欲しくないものだが、何、君がどんなに愚かなマスターでも、私は見捨てるような真似はしないから、安心したまえ」
「クゥッ……良いから、さっさとお逃げなさい!! 四対一なんで、冗談じゃありませんわ!!」

 ルヴィアを横抱きにしながら、屋根から屋根へ、エミヤは宙を跳ぶように逃げていた。
 まずは探りを入れる意味で衛宮邸を襲撃した二人だが、たった今思いっきり返り討ちに合うところだったのである。

「いや、それが誰も追ってきてはいないのだ」
「何ですって!?」
「ああ、意外だがな」

 アーチャーの言う通り、追っ手はなかった。
 これは、先方にいくつかの事情があった為だ。
 アーチャーの正体を知っている彼女らが、積極的にアーチャーを倒したいとは思えなかった事。
 その為、初動が遅れ、追い付くのが困難になった事。
 またアーチャーの強さを知っている為、確実を期すなら二対一以上で追う必要があった事。
 そして何よりキャスターを信用しておらず、彼女を士郎の傍に置いたままその場を離れるのが不安だった為である。

「ならば、さっさと降ろしなさいな!」
「了解だ、マスター。で、これからどうするのかね?」

 追っ手のいない事を再度確認したアーチャーは足を止め、横抱きにしていたルヴィアを地面に降ろしながら、これからの事を尋ねた。

「今日は、これまでにしておきますわ」
「それは構わないが、結局本拠地は何処にするつもりなのかね? 昨夜泊まった新都のホテルに、荷物を預けっぱなしなのだが」
「お婆さまが昔、第三次聖杯戦争に参加した折に建てた洋館がありますの。そこへ行きますわ」
「ふむ、あそこか……彼女達は、この時点ではまだあの場所を知らない筈だったな。ならば、それも良いか」

 凛達は、まだあの場所を知らない筈。
 そして、ランサーは既に言峰の手の内にあり、バゼットは仮死状態で隠し部屋で仮死状態でいる筈。
 場所を知る言峰達から襲撃を受ける可能性はあるが、かつての過去からその可能性は非常に低く、また魔術師の工房たる場所で迎え撃つ有利さも捨てがたい。
 単純に、予想出来る進入経路に投影したランクの高い剣をばら撒いておき、敵の進入時に一気に“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”でそれこそ洋館ごと爆破するだけで、サーヴァントはともかくマスターならまず間違いなく始末出来るだろう。
 その事をルヴィアに話しえげつないとの感想を得たのはともかく、二人は少し戻る事になるが深山町郊外の森にある洋館へ向かう事にした。
 だが、油断はしない。出来る訳がない。
 非才なる身としては、努力だけが唯一無二の事なのだから。

「ところでルヴィア。移動の時、警官には気を付けたまえ」
「警官? いきなりですわね。警察官がどうかしまして?」
「気が付かなかったのかね? 今夜は、何故か街に多くの警官の姿を見掛けた。見付かれば、間違いなく職質を受けるぞ」
「ああ、私はともかく、貴方は間違いなく職務質問を受けるわね」
「君も人の事は言えないと思うがね」
「ホホホ、私の場合は、警察官の方が気後れして、職務質問など受ける訳がありませんわ」
「見付からないのが一番だよ。それにしても、教会の監査役は何をしている事やら」

 彼らは知らない。
 聖杯戦争の監査役である言峰が、既に職務を放棄している事を。
 彼らは知らない。
 凛達が過去の聖杯戦争の記憶を持っている事を。
 そして――――

「安きに居りて危きを思う、か」
「いきなりどうかして、アーチャー?」
「いや、ふと今の状況に相応しい諺を思い出してね」
「コトワザ?」
「ああ」

 普段と違い、些細な事も流す事なくルヴィアの横を歩きながら素直に答えるアーチャー。
 ルヴィアの、嘘偽り、黙秘、それらに類する一切を禁じた令呪が効いているようだ。

「日本では有名な諺の出だしだよ」
「そうなのですか?」
「そうだ。安きに居りて危きを思う。思えばすなわち備えあり」
「?」
「備えあれば……」

 そう言いながらアーチャーは足を止め、

(うれ)い無し!」

 瞬時に投影した干将・莫耶を奮った。
 鉄を弾いたような甲高い音。
 目の前には、その愛槍を構え直す厳しい顔をした一人のサーヴァント。

 ――――そう、彼らは知らなかった。既に、ランサーが本来のマスターの元へ戻っていた事を。

 両の(まなこ)を吊り上げたまま、何ら軽口を発する事なく、彼は一気に襲い掛かった。





 疾走する、青い弾丸。
 迎え撃つ、赤い盾。
 瞬く間に、十号以上の剣戟を交わす二人。
 直線的な槍の豪雨は、なお勢いを増してアーチャーを千殺せんと降り続ける。
 責めるランサー。
 凌ぐアーチャー。
 その様子は人間離れ、といった程度ではない。
 これぞ、神域の御技であった。

「……これが、サーヴァントの戦い」

 ルヴィアは、サーヴァント同士の戦いというものを初めて目の当たりにした。
 その鬩ぎ合いに、手足が麻痺して動かない。
 アーチャーが意識して戦いの場を少しずつ動かしたのか、今はあの二人から微妙に離れた場所にいるというのに、それでも真後ろからあの槍を突きつけられているような気がして、彼女は満足に息も出来ない。
 心臓が、心が萎縮していた。

 一方の二人。
 その戦いは、本来の歴史で最初に戦った時のように、一見互角に見えている。
 だが、それはおかしいのだ。

 ――――おまえは全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ。

 この言峰の令呪に、ランサーは既に縛られていない。
 ランサーを縛るものは何もなく、アーチャーが戦っているのは、サーヴァント中最速の英霊。
 故に、ランサーの槍をアーチャーは捌ききれない。
 筈だった。

 二十余号の打ち合いを経て、二人は一旦距離を取る。
 そしてアーチャーは言ったのである。

「解せんな。ランサー、君は何を焦っている」

 追い詰められた表情のランサー。
 しかし、彼は答えない。
 ただ血走った目でアーチャーを射抜くのみだった。

「君ともあろう者が、随分と余裕のない顔をしている」

 事実、アーチャーの見せる誘いの隙に面白い程引っかかり、結果二人の戦いは本来ならあり得ない互角のものとなっていた。

「さて、らしくないその様子は、もしや彼女が原因かね?」

 視線を外す事なく、アーチャーは問うた。
 挑発の意味も込めたその言葉に、ランサーは初めて言葉を返す。

「アイツは関係……」
「何をしているのです、ランサー!!」

 言いかけたランサーの言葉を遮る怒声。
 当然それは、ランサーの本来のマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツから発せられたものだった。

「ランサーである貴方が本気を出せば、アーチャー如きすぐにも倒せる筈です!」

 ここに来るまでのルヴィアとの会話を聴いていたのか、彼女は既にアーチャーのクラスを見破っていた。

「貴方は言った! アーチャー如き、自分独りで十分だと! その言葉を私は信じた! なのに! なのに何ですか、そのザマはッ!!?」

 喚きたてるその顔色は、月明かりしかないこの場でもすぐ分かる程に悪い。
 ふらふらと、寂しげに揺れている左袖の所為だろう。

「本当に、らしくないな」
「……そんな事ァ分かってんだよ。自分でも、らしくねえってな」
「いや、君もそうだが彼女がだ。本当にらしくない」
「……分かったような事、言ってんじゃねえよ」

 怒りのこもったランサーの言葉に、アーチャーはつい苦笑を漏らす。

「そうだな。サーヴァントはサーヴァントらしく、腕で語るとしようか」

 そしてアーチャーは干将・莫耶の二刀を構え直し、言い放った。

「来い、ランサー! この心臓、いかな因果の槍とて、そう簡単に貫かせはせんぞ!」
「――――ッ!? 貴様ッ!」

 放たれたその言葉に、ランサーは自分の真名を知られている事を悟る。
 無論、それを狙ってのアーチャーの言葉であった。

 ――――さて、これで少しは喰い付いてくれれば良いのだが。

 わざわざ、自分が相手の正体を知っている事を明かすアーチャー。
 それは、何を狙っての事であろう。

手前ェも(・・・・)かよ……良いぜ。その挑発、乗ってやる」

 途端。
 ランサーの殺気が爆発的に膨れ上がり、大気を、マナを凍らせる。
 彼の腕がゆるりと動き、槍の穂先が地上を穿つかのように下がる。
 そして彼は、なんの感情も感じさせない声で言った。

「その心臓、貰い受ける」

 彼の表情は、既に能面。
 凍りついたかのように張り付いている。
 ランサーの手に持つ槍は紛れもなく魔槍の類であり、それが今、本当の姿で(ほとばし)る瞬間を待っていた。

「ふむ、そちらで来るか」

 しかし、アーチャーは動じない。

「私としては、君の最高の一撃を期待していたのだが、まあ良い。どちらにしても、同じ事だ」

 何故なら、全ては想定の範囲内。

「なんにせよ、君の因果の槍の穂先は、決して私の心臓に届きはせんよ」

 ならば、何を動じる必要があるのだろうか。

「……ナメるなよ、アーチャー風情が」

 耐えきれず、槍を構えたままランサーが口を開く。
 そう、彼は耐えきれなかった。
 己の宝具は、常に必殺。
 ならば、あとは放つだけで良い。
 だというのに、口を開いた。
 殺すと決めたなら、あとは無駄口など叩かず宝具の真名を解放するだけで良いというのに。

「迷っているのかね?」

 つまりは、必殺である己の宝具に、例え僅かなりとも疑いを持った事に他ならない。
 そして相対するアーチャーには、それが手に取るように解った。

「ところで、一つ賭けをしないか?」

 だから、彼は畳み掛ける。

「私は、君の宝具の一撃を無傷で防ごう。そしてその時は、私の頼みを一つ聞いて貰いたいのだが、どうかね?」

 己の望む方向へ、話を持っていく為に。

「何、細やかなものだよ。そう無茶な事は言わんさ」

 何処かの国の諺通りに。

「せいぜい、君の最高の一撃を、かすり傷一つ負わず防いだに値する程度のものだ」

 水に落ちた狗は叩くのだ。

「貴様……」

 クソッタレと、事ここに至るまで迷っていたランサーは、心の内で唾を吐く。
 己の技に疑いを持ってどうする。
 殺すと決めたからには、殺す。
 何があろうと、必ず殺す。
 ただ、それだけ。
 あとの事は、殺してから考えれば良い。
 何より、ここまで好き放題言われて迷っていられる程、自分の気は長くなく、また自分の矜持は安くはないのだ。

 迷いを振り払うかのように、ランサーは大きく飛び退る。
 その間合いは、槍を突き出す、といったどころではない。
 一瞬にして離された距離は、なんと百メートル以上。
 そこで彼は、獣のように大地に四肢をつく。
 そして、最後の手向けの言葉を放った。

「……我が最強の一撃を受けて、死ね」

 青い豹が走る。
 残像さえ遙か、ランサーは突風となってアーチャーへ疾駆する。
 両者の距離は百メートル。
 それほどの助走を以ってランサーは槍を突き出すのではなく。
 青い姿が沈む。
 五十メートルもの距離を一息で走り抜けた槍兵は、あろうことか、そのまま大きく跳躍した。
 宙に舞う体。
 大きく振りかぶった腕には“放てば必ず心臓を貫く”魔槍。
 ぎしり、と空間が軋みをあげる。

 ――――伝説に曰く。
 その槍は、敵に放てば無数の(やじり)をまき散らしたという。
 つまり、それは。

「――――突き穿つ(ゲイ)

 紡がれる言葉に、因果の槍が呼応する。
 青い槍兵は弓を引き絞るように上体を反らし、

死翔の槍(ボルク)――――!!!!!」

 怒号と共に、その一撃を叩き下ろした。
 それは、もとより投擲する為の宝具(モノ)だった。
 狙えば必ず心臓を穿つ槍。
 躱す事など出来ず、躱し続ける度に再度標的を襲う呪いの宝具。
 それがゲイボルク、生涯一度たりとも敗北しなかった英雄の持つ破滅の槍。
 ランサーの全魔力で撃ち出されたソレは防ぐ事さえ許されまい。
 躱す事も出来ず、防ぐ事も出来ない。

 ――――故に必殺。

 この魔槍に狙われ、生き延びた者などいなかった。



 そう、これまでは。



 一秒にも満たぬその間、彼は死を受け入れるように目蓋を閉じ、



 唇の両端を軽く吊り上げた。



 内心、彼は思う。
 全ては、ここからだと。

 心の余裕をなくしていたランサー。
 原因は当然バゼットだ。
 彼女を守れなかった事が、再び彼女の元で戦う事になった今、それが堪らない程の負い目となっているのだろう。
 アーチャーは知らぬ事だが、バーサーカーとの戦いで彼に傷一つ負わせる事が出来なかった事も、響いている。
 そんな彼を乗せるのは、簡単だった。
 必殺を誓ったランサーが、己の挑発に耐えきれず口を開いた。
 つまりは、必殺である己の宝具に僅かなりとも疑いを持った事に他ならず、それはアーチャーのペースに乗せられた事の証明である。

 そう、全てはアーチャーの狙い通りであった。

 あとは、最後の仕上げだけ。
 彼の必殺の一撃を、防ぐだけである。
 そして、それはかろうじて、といった程度では駄目だ。
 それでは、話が続かない。
 自分の望む方向に、話を持っていけない。
 防ぐなら、完璧に。
 ランサーに言った通り、無傷でなければならなかった。

 だが、アーチャーの持つ最強の盾では無傷はあり得ない。

 それは、嘗ての歴史で辿った事実。
 ランサーの最強の一撃は、自分の魔力の大部分を費やしたというのに己の持ち得る“最強”の守りを以ってしても、片腕を奪っていったのだから。
 では、どうするか。
 話は簡単。
 最強ではなく。
 己の“究極”の守りを以って防げば良いのだ。

 そして天空より飛来した破滅の一刺が、己へと直撃する刹那、



「――――全て遠き理想郷(アヴァロン)



 彼が人であった頃、英雄王の“世界を切り裂いた剣”の一撃を防いだ時と同じように、あらゆる工程を省略した究極の一が、展開された。





「さて」

 今後の事もあるので、ここで敢えて切り札の一つを使い、見事ランサーの最強の一撃を無傷で防いだアーチャーだったが、彼はいささか困っていた。

「貴様の頼みなど、聞く必要はないッ!」

 ランサーのマスターであるバゼットが、承知しなかったからだ。

「そもそもそんな約束、マスターである私はしていない!!」

 それは、もっともと言えば、もっともな事。
 お互い、この身はサーヴァント。
 マスターの意志に従う者であり、マスターが否といえば否である。
 そして、それは決して理不尽な事ではなかった。

「バゼット、これ以上オレに恥を掻かせんじゃねえッ!」

 律儀に約束を守ろうとするランサーだが、元より仲間割れを誘うつもりはない。

「いや、彼女の言う通りだ」

 ならば、ここは自分が退くべきだろう。
 予定は狂うが、それは次の機会を待てば良い。

「我々は、あくまでサーヴァント。マスターの意向にはそうべきだ。何より……君自身、私の申し出を承諾した訳ではなかったからな」

 今この場でバゼットを言い包める事を諦めたアーチャーは、肩を竦めながらそう言った。

「それにしても……」

 アーチャーは、嘆息する。

「本当にらしくないな、彼女は。まあ、大体のところは察しが付くが」
「……なんなんだ、お前ェ。さっきからバゼットの事、知ったような口きやがって」
「何、執行者である彼女の事は、風の噂で知っているだけだよ」

 今の彼女には、何を言っても通じまい。

「手前ェ、何を隠してやがる」
「さてな」

 故に、次の機会へと繋く為、彼女らの興味を引くべく含みある発言をするアーチャーであった。

「お安くありませんわね。アーチャー、貴方が彼女の一体何を知っているというんですの?」

 しかし、ここで堪らずルヴィアが口を挟む。
 いや、彼女にしてみれば、よくぞここまで口を挟まないでいられたものである。
 だが、口を挟むべきではなかったのだ。
 何故なら――――まあ、今更勿体付ける事でもないが、

「なに、昔、人だった頃、一緒に暮らしていた事があるだけだ」

 彼には、例の令呪がバッチリと効いているからである。

 さらりと言われた、驚愕の事実。
 四者四様の沈黙が落ちる。
 そして、その気不味い沈黙を破ったのは、やはりアーチャーだった。

「……ルヴィア。私はサーヴァントとして、君の問いには答えなければならない事、よもや忘れてはいないだろうな」

 ジロリと視線を向けながら、事実をぼかして詰め寄るアーチャー。

「お、ほ、ほほほ、当然ですわ。私の令呪に拠って嘘は吐けないのですわよねえ、おほほ。勿論、覚えていますとも。おほほほほ」

 冷や汗を掻きながら、嘘くさく答えるルヴィア。
 しかも、敢えて言わなかった令呪の事までも口にしていた。
 となれば現実性が群と増し、バゼットも黙ってはいられない。

「ど、どういう事ですか、アーチャー! わ、私達が一緒に暮らしていたというのはッ!!?」
「そんな事より、アーチャー」
「そんな事!?」
「結局、どういうつもりでしたの? 貴方を信じて黙って見ていれば」
「なに、彼女達と手を組みたいだけだ」

 再度明かされる、仰天の事実。
 そう、アーチャーの狙いは、二人と手を組む事にあった。
 聖杯戦争は周り全てが敵であり本来ならあり得ない事とはいえ、当然といえば当然だ。
 何しろ、セイバー・バーサーカー・ライダー・キャスターの四人が、手を組んでいるのだから。
 だからこそ戦闘中にも関わらず、餌を蒔くようにペラペラと、相手に情報を与えるような真似をしていたのである。

「……ルヴィア」
「わ、私は悪くありませんわ!」
「子供のような返答をしないで欲しいと、私は切に願うよ……」

 ――――さて、ここからどう話をまとめれば良いのやら。

「おい! どういうこった手前ェッ!?」
「待ちなさい! それより一緒に暮らしていたというのは……ッ!?」
「そんな事よりアーチャー! 手を組むとは一体どういう事ですのッ!」

 本当に、どうすれば良いのやら。
 生半可な事では納得しないだろうし、引く事もないだろう。
 何より、アーチャーの目的である共闘の為には、ある程度の信用を相手から得なければならない。
 となると、適当に話を流す訳にもいかない。
 アーチャーは、本気で頭が痛くなってきた。
 ともあれ、話を進めなければ。
 多少強引だろうと、この際これをキッカケとしよう。

「ところで、一つ提案なのだが」
「話を誤魔化すんじゃ……ッ!」
「彼女の腕を直したい」
「ッ!!!?」

 だから、敢えて見せた切り札の一つを、更に活用する事にした。
 ルヴィアは勿論(・・・・・・・)、相手にも既に知られた切り札である。
 ならば、どれだけ知られようと惜しくはない。
 とにかく今は、信用を得る事が先決だろう。
 アーチャーは、そう考えた。

 一方、ランサーとバゼットは目を限界まで見開く程に驚いていた。
 当然といえば、あまりに当然。
 バゼットに左腕は、二の腕の半ばから完全に断ち切られているのだから。
 それをキャスターならまだしもアーチャー風情が直せる事などあり得ず、怒る事すら忘れ言葉を失う二人。
 そんな二人に、

「話は、それからにしないかね?」

 苦笑しながら、アーチャーはそう言ったのであった。





 アーチャーの事を信じた訳ではなかった。
 直すと見せかけて襲われる事も十分にあり得る。
 事実彼女は信じていた相手に裏切られたのだから。
 だから、左手を、失った。
 人を信じてはいけない。
 これは苦い教訓だった。

 でも完全に信じられない訳でもなかった。
 かつては自分と一緒に暮らしていたと言ったアーチャーのサーヴァント。
 勿論本当の事とは限らない。
 でもそれが令呪に拠ってというなら話は……

 ……違う。

 彼女はただ信じられる相手が欲しいだけ。
 それ以上に今の自分が嫌なだけ。
 とにかく彼女は今の自分を変えたかった。
 ランサーとまた一緒に上手くやっていきたかった。
 ランサーには本当に苦労を掛けている。
 そんな彼さえ幼い頃から憧れていた彼でさえ信じられない自分が堪らなく嫌だ。
 もう楽になりたい。

 ……そう、何の事はない。
 彼女はただ、楽になりたかっただけだった。





「――――全て遠き理想郷(アヴァロン)

 アーチャーの投影した黄金の鞘が、バゼットの身体に沈み込む。
 幸い切断された手は、完全に腐る事もなく洋館に放置されていた。
 それを傷口に付けながら真名を開放すると、傷口が淡い光を発し腐敗した部分は再生され完全に切断された筈の手がたちまちの内に結合する。
 そして筋肉繊維、細胞、神経といった全ての組織が完全に繋がり再生したところで、

「――――投影(トレース)破棄(オフ)

 聖剣の鞘(アヴァロン)を消去した。
 傷さえ直れば、消し去らなければならない。
 身体に埋め込んだままなどにしておけば、すぐにも強敵の誕生だ。
 かつて幼かった頃、セイバーがおらずとも瀕死の士郎が助かったくらいなのだから。

 ならば、セイバーが現界している今、例え彼女のマスターでなかろうと、その治癒力は侮れない。
 執行者である彼女の戦闘力は、決して見縊れるものではないのだから。

 ――――人だった頃の私の背が低かったのは、鞘が身体に埋め込まれていた所為かもしれないな。

 アーチャーは、ふとそんな事を思った。
 もっとも、“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”で内部から爆発させても良いのだが、仮にも正義の味方もどきを目指している身としては、必要もないのにそこまではしたくない。
 その後のランサーの逆襲を避けたいというのもあるが、何よりルヴィアの口からぽろりとその事が漏れては叶わない。

 彼女には、“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”の事は既に話してしまっている。
 肝心なところでうっかりされては、手を組むどころの話ではなくなる。
 聖杯戦争なぞ自分にとっては目的への過程でしかなく、さっさと終わらせルヴィアのサーヴァントを続けながらも正義の味方もどきとなりたいのだから。
 そう。
 聖杯を目的としていない二人は、協力者としては望むべくもなく最適な相手であった。

「……まさか、本当にただ治療するだけとは思いませんでした」

 疲れたような、だが落ち着いた声で、バゼットが呟くように言った。
 既に彼女の顔は険が取れ、憑き物が落ちたかのように穏やかであった。
 傍らで治療を見守り、怪しげな動きをすればすぐにも攻撃を仕掛けんとばかりだったランサーも、軽く息を吐いている。

「これで少しは信用して貰えたと思って良いのかね?」

 からかうように、アーチャーが言った。

「それはどうでしょうね?」

 ほんの少しの苦笑を含んだ声で、バゼットが答えた。

「……何か、面白くありませんわね」

 結構なムカつきを含んだ声で、ボソリとルヴィアは呟いた。
 そんな彼女に、ランサーはニヤリと笑いを浮かべた。

「とにかく、アーチャー。貴方の考えをお話しなさい」

 緩んだ空気を吹き飛ばすように、厳しい声音で問うルヴィア。
 無論それは、アーチャーの言った手を組むとの意味を問うての事であろう。

「一緒に暮らしていたとは、どういう事ですの!?」

 違った。

「だから、私が人だった頃、行く宛のなかった彼女が私の家に転がり込んだ。それだけの事だよ」
「行く宛がない? それはどういう……?」
「確か魔術協会を辞めて、フリーランスの魔術師になっていたな」
「フリーランス、ですか?」
「そうだ。ただ仕事をしないと落ち着かない性格の所為で、バイトをするのは良いんだが不器用で長続きせず、一時期はアームレスリングで金を稼いでいたな」
「プッ」
「……」
「私としては、司書のような仕事を勧めたのだがね」
「私が司書ですか?」
「ああ。不器用だが真面目な君には、向いていると思うよ」
「わ、私が真面目……」
「エヘン! エヘン! ところでアーチャー」
「どうした? いきなり変な声を出して」
「手を組みたいというのは、やはりセイバー達に対抗してですの」
「そうだ。何しろセイバー、ライダー、バーサーカー、キャスターの四人が手を組んでいるからね」
「何ですって!? キャスターまでもが!?」

 驚きの声を上げるバゼット。
 先ほど吹き出したランサーも目を剥いている。

「……ふむ」

 どうやら彼女達は、キャスターを除いた三人が手を組んでいる事は知っていたようだ。
 どういう経緯で、それを知り得たのやら。
 どうにも今回の聖杯戦争は、分からない事が多すぎる。
 もはや自分の知る記録は当てにならず、それらの経緯をどうにかして知りたいものだが、さて。

「……ルヴィア」
「何を今更」

 皆まで言うなと、彼女は言う。

「かつて、お婆さまは言っていました。信頼とは、己から歩み寄ってこそであると。彼女達と手を組むなら、当然の事でしょう」
「やれやれ、君には叶わんな」
「重ねて言いますが、当然です」

 そして彼女は胸を張りながら、

「私は貴方のマスターなのですから」

 堂々と誇らしげに言ったのだった。





 こうして彼らは手を組んだ。
 アーチャーは、自分がこの聖杯戦争の幾通りもの記録を知っている事などを色々と話し、ランサー達の話から、凛達が過去の記憶を持っているかもしれないといった様々な事実を知る事になる。
 その話し合いは、実に有意義な内容となった。

 そして翌日。
 彼らは見た。
 二人と一組。
 死に掛けた男と、殺され掛けた女。
 そしてそれを成す、若い男とアサシンのサーヴァント。
 それらは、本来あり得なかった構図。
 こうして事態は急変し、一気に事態の収束へと向かうのであった。



続く
2011/7/5
By いんちょ


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