大団円を目指して



第11話 「等価交換」







洞窟を出た時、バーサーカー以外の誰もが大きな溜め息を吐いた。


―――助かったぁ……


皆の、正直な気持ちであった。


「全く、死ぬかと思ったわよ………」

「ホントよね………」

「もう、駄目かと思いました………」


マスター達が、思い思いの言葉を口にしながら地面にへたり込む。

あの英雄王の放つ重圧を、真正面から受けていたのだ。

口を利けるだけでも、大した物と言えるだろう。


「申し訳ありません、凛。私の真名を言ってしまいました」


そんな中、セイバーが凛に謝罪した。

さすがにサーヴァント達は、疲労の色こそ濃いものの自分の足で立っている。


「良いわよ、別に。あの場を切り抜けられたんだもの。上出来よ、上出来」


とにかく、あれだけの窮地に陥りながら、誰も死なずに済んだのだ。

最悪だった、あの状況で。

絶体絶命の、己の死をすら覚悟した、絶望的なあの状況で。

誰一人欠ける事無く、皆が皆無事に生き延びる事が出来たのだ。

十分と言えよう。


「しっかしよォ、まさかアンタがあのアーサー王とはな」

「って、何でアンタまでここにいるのよ?」


ちゃっかりとこの場にいるランサーへ、凛が不服気な声を上げた。


「オレがあのままあそこに居たって、しょうがねえだろ」


分かってねえなあ嬢ちゃんは、と。

実際は、セイバーに共に来いと言われたので後ろをスゴスゴとついて来ただけなのだが、

そんな事はおくびにも出さず、ランサーはシレッと言いのけた。

その言葉に反応したセイバーだったが、特には何も言わなかった。


―――さすがだぜ、アーサー王。男に恥はかかせねェ。


妙な感心の仕方をする、ランサーだった。


「あのねェ………嬢ちゃんって言うのは止めてくれる?」


嫌そうな顔をしながら、文句を言う凛。

実は、凛は本気で嬢ちゃんと呼ばれた事を嫌がっていた。

何しろ今の凛は、協会に所属する魔術師の中では『魔法使いに最も近き魔術師』であり、

当然そんじょそこらの魔術師とは比べるべくもない経験を重ねている。

今更嬢ちゃんなどと呼ばれては、己の沽券にかかわるのだ。


「そうそう。リンはもういい年なんだから」

「じゃ無くて」


決して、そういう意味では無い。


「何だ、そうかよ。これだから魔術師ってのはよォ」


茶化すイリヤの言葉に、大袈裟な身振りを交えながらケッてな感じで呆れるランサー。

その態度に、少しだけムカついた。


「わたしは、十分若いわよ!」


なので、ついムキになって言い返してしまった。

いけない、わたしとした事が。

重ねて言うが、今のわたしは大魔術師なのだ。

だというのに、こんな事でムキになっては遠坂凛の名がすたる。

ここは大人の女性として、優雅に切り返すべきだろう。

そんな事を思っていたら、





「ババアは、誰でもそう言うモンだぜ」





なんて事を、言われてしまった。





………大丈夫。

何しろ、わたしは大魔術師。

魔法にすら手が届きかけている、大魔術師。

そのわたしが、この程度の事でいちいち………


「年を自覚しろってな、バアさん」


あ、そうそう。

魔術師は、等価交換が原則だった。

いけない、いけない。

こんな基本を忘れていたなんて、わたしともあろう者がどうかしている。

言われ無き誹謗を受けたのだ。

ならば、魔術師たる者キッチリとお返しをしなくては。

それが、魔術師という者だ。


「そう言えば、貴方はセイバーの真名を知ってしまったのよね?」


残念だわ。

せっかく、貴方とは仲良く出来ると思ったのに。

でも魔術師である以上、そういう訳にもいかないのよね。

全く、本当に残念だわ。

フフフ。


「大人気ないわよ、リン」


イリヤの声など、聞こえない。

だって、(イヌ)にはしつけが必要だから。

残念ながら、ここには飼い主がいないので、わたしがキッチリとしつけてあげましょう。

感謝しなさい。

フフフフフ。


「セイバー」

「はい」


聖杯戦争を勝ち抜くマスターとして、己のサーヴァントへ厳かに命じる。





「殺っちゃいなさい」

「嫌ですよ」

「何でよォッ!!?」





わたしの面目、丸潰れであった。


「うわ、ダッセェ! 嬢ちゃん、ダッセェッ!」

「まさかセイバー、わたしを裏切る気ッ!?」

「そういう訳ではありませんが………」

「うわ、ダッサ〜イ! リン、ダッサ〜イ!」

「だったら言う事聞きなさい! 令呪、使われたいのッ!」

「おっと、なかなかタチわりィな、嬢ちゃん。言峰と良い勝負じゃねえか?」

「冗ッ談! いくら何でも綺礼なんかと比べないでよねッ!!」

「コトミネは、リンの保護者だもんね〜」

「げ、マジ?」

「そう、マジ」

「あんな奴と一緒にするなァ―――ッ!!!」


凛とイリヤとランサーが、とても楽しそうにぎゃあぎゃあと騒ぎ合っている。

桜とライダーは苦笑を交わし、それを呆れるセイバーと、無言で見守るバーサーカー。



実に平和な光景であった。







「全く、冗談じゃないわ………」


散々とランサー&イリヤにからかわれた凛は、とても疲れていた。

肩で息をしており、ゼェゼェと実に分かりやすい。

大魔術師である凛にここまでのダメージを与えるとは、さすがは英霊&聖杯のドリームタッグ。

所詮、人の身では英霊達にはかなわないという事であろうか。

嗚呼、無情。


「さてと。嬢ちゃんをからかうのも飽きたし、そろそろオレ、行くわ」

「さっさと行きなさいよ、この馬鹿」


微笑ましい一時も終わりランサーがこの場を去ろうとした時、

その去り際に凛が「あ、そうそう」と、思い出した様に言った。










「貴方の元マスター、まだ死んでないから」










決して聞き逃す事など出来ない内容を、サラリと告げる凛。

ランサーの足が、ピタリと止まった。


「………おまえ」


ゆるりと振り向き、彼は問う。


「………何を何処まで知っている」


睨まれた訳では無い。

声を荒げた訳でも無い。

それは、静かな問いだった。

にも関わらず、ランサーと視線の合った凛はビクリと肩を震わせた。

大魔術師であろうと、人は人。

人が本気となった英霊にかなう筈も無く、凛は僅かながらも確かな恐怖を感じていた。


「聞こえなかったの?」


しかし、全ては想定内。

あんな事を突然言えば、この程度の反応は予想済みだ。

だから凛は、言葉を続ける。

涼しい顔を作りながら、強張りそうな口を開く。


「バゼットは、生きているって言ったのよ。アンタ達が根城にしていた、あの洋館でね」


ランサーは静かながらも強い視線で凛を見据え、言うべき事を言い切った凛もまた目を逸らさない。

互いが互いの目を捕らえ、暫しの時間が経過する。


「………いねェよ」


嘘は吐いていないと見たのか、先に折れたのはランサーだった。


「確認済みだ。アイツは、あそこにはいねェ」


あったのは片腕だけだったぜと、ランサーは溜め息と共に凛の言葉を否定した。

軽い口調で言ってはいるが、その目には深い後悔の色が伺えた。

しかし、そんな事には意にも介さず、凛は自分の言葉を肯定する。


「いるわよ。隠し部屋に」

「何ィッ!?」


余りに呆気なく言われた言葉に、ランサーが驚きの声を上げる。


「だから、隠し部屋にいるのよ。仮死状態だけどね」

「………隠し部屋、だと?」

「そういう事。死んではいない筈だから、後は自分で何とかしなさい」


貴方を倒すのはわたしのセイバーなんだからと、凛は笑顔で付け足した。


天には、月。

月は夜空に煌々と輝き、二人を静かに照らしている。

周りの皆も静観し、聞こえてくるのは風が揺らす梢の音と虫の声だけである。

暫しの静寂。

場が静まってから、短くはない時間が過ぎ去った。

彼女が段々と焦れ始めた時、彼は漸く口を開く。


「………何故だ?」

「何故そんな事を知っているかって? そこまでは………」
「そうじゃねェ」


あしらおうとした凛の言葉を、ランサーが遮る。


「………何よ?」

「何故取引の時、この事を持ち出さなかった?」


ランサーは、疑問に思う。

この女の今までの言葉に、嘘は無い。

少なくとも、自分にはそう見えた。

これでも、人を見る目に自信はあるのだ。

だからこそ、疑問に思った。

何故、あの時にこの事を言わなかったのかと。

その理由が解らずして、信じる訳には………


「そんな事したら、アンタへそ曲げるじゃない」

「へ………?」


ランサーの問いに、実にアッサリと答える凛。

その答えに、ランサーは絶句する。


「気にしなくて良いわよ。これは心の贅肉だから」


そして、肩をすくめながらウインク一つ。

彼女は、愉しげに言ったのだった。


「いやあ………侮れねえな、嬢ちゃんはよォ!」


そして、少しの間のあと高笑い。

彼は、腹の底から笑ったのだった。







「借りとくぜ嬢ちゃん」と言い残しランサーがこの場を去った後、

何とはなしに和やかな空気が残された者達の間に流れた。

そんな空気の中、今迄の二人のやり取りを傍から見ていたイリヤが、からかう様に言った。


「敵に塩を送るなんて、何を考えているのかしらね、リンは?」

「別に。借りを返しただけよ」


当然の如く、凛が答える。

そう、彼には借りがあった。

あの時、彼が味方をしてくれたからこそ自分達はセイバーを魔女の手から取り戻す事が出来たのだし、

言峰からも助けられた。

これは、大きな借りである。


「魔術師にとって、等価交換は大原則でしょ?」


借りは、何があろうと必ず返す。

それが、魔術師(わたし)という者だ。


「借金なら踏み倒す癖に」

「否定はしないわ」


当然、貸しも全力で取り立てるのだ。


「はいはい。で、これからどうするのよ?」

「そうね………」


さて、と凛は考え込む。

臓硯は死に、綺礼も死んだ。

ふむ、と凛は殺すリストを思い起こす。

ちなみに『殺すリスト』とは、凛が脳内で作成した

是が非でも何としてでもどうあっても必ずや殺す相手をリストアップしたものである。

リストアップされた人数は、四人。

既に二人は消えており、ギルガメッシュからは命からがら逃げ出したところなので、保留。

よって残るはあと一人、キャスターのみとなった。


夜も更けた時間である。

このままキャスターを殺りに行くか、あるいは出直すかと凛が考えている時、

セイバーがスッと彼女等を庇う様に動いた。


「誰かが来ます」


弛緩した空気が、瞬時に引き締まる。

見えない敵に皆が身構えると、がさり、がさりと音がした。

間違い無く、誰かが近付いている。

サーヴァント達がマスター達を背中に庇い、迎撃の態勢を整えた。

がさり、がさりと音が近付く。

そして、草木の間から出てきたモノは―――





「柳洞君!?」

「遠坂!?」





柳洞一成であった。

学校指定のジャージを着ており、顔がうっすらと上気している。

おそらくはジョギングの帰りなのだろう。


「何やら話し声が聞こえると思えば、遠坂! おまえ、何故こんな所に………!?」


凛は、動転した。

どうすべきかと思考が頭を駆け巡るが、どうするべきかの答えがどうしてもすぐに出ない。

マズイ。

とても、マズイ。

こんな時は取り合えず―――










「ガンドォッ!」

「ぐぼぁっ!!?」

バタ。










一成は、バタリと倒れ伏した。

手足が、ピクピクと痙攣している。










軽く、ヤバイ。










「ふう………危ないところだったわ」


危機は去ったと、凛が額の汗を爽やかに拭いながら言った。

その表情は、眩しい位の笑みである。


「姉さん……いくらなんでも、今のは………」

「丁度良いから、記憶を消すついでにキャスターの事も確かめましょう。うん、計算通り!」


全員がジト目で見る中、凛はマイペースに

「そうそう、治療もしないとね」とか何とか言いながら一成の額に手を当て記憶をいじり始めた。


―――おいおい。


誰もが心の中でツッコんだが、誰も口にはしなかった。

呆気に取られていたからである。

やれやれ。


「………おかしいわね」

「どうかしたのですか、凛」


凛の呟いた言葉に、セイバーが反応した。


「うん、キャスターがいないのよ」


一成の記憶を除いたところ、柳洞寺にキャスターらしき人物は見当たらなかった。


「変ね。キャスターが召喚されたのは、確か二番目の筈よ。

 ランサーがいるなら、もう現界している筈なんだけど」


凛は、かつて士郎を引き連れて教会へ赴いた時、言峰が言っていた言葉を思い出す。


「………ふむ。一番手はバーサーカー。二番手はキャスターだな。あとはそう大差はない」


遠い昔の事ではあるが、確かに彼はそう言ったのだ。

外道で悪辣で腹黒で最悪のどうしようもない男だが、嘘は吐かない。

言峰の事を、凛はそう考えている。

肝心な事は話さない奴だが。


「………ま、良いわ。確かめれば良いだけだし、行くわよみんな」


凛はひとしきり考え込んだ後、このまま柳洞寺へ攻め込む事に決めた。


「それと、セイバー」

「何でしょうか?」

「山門にアサシンがいたら、宝具使って殺っちゃって」

「は!?」


軽く言われた言葉に、セイバーが思わず聞き返す。


「だから、宝具使ってサクサクと殺っちゃって。魔力は万全なんだから」

「いえ、それは余りに………!」


余りと言えば余りの言葉に、セイバーは難色を示すのだが………


「ん? 令呪、使った方が良い?」

「………分かりました」


続く言葉に頷くしか無く、肩を落とすセイバーであった。

嗚呼、サーヴァントであるこの身が恨めしい。


「キッチリと宜しく。じゃあ、気合入れて行きましょうか!」


こうして三組ものマスターとサーヴァントである遠坂凛御一行様は、意気揚々と柳洞寺へ乗り込んだ。










そして、柳洞寺にキャスターはいなかった。

無論、アサシンもいなかった。










「………まだ、柳洞寺(ここ)には来ていないのかしらね」


困惑する、御一行様であった。


「これからどうしましょうか、姉さん?」

「そうね………キャスターがここにいない事は分かったんだし、あと一仕事してから今日は帰りましょ」


柳洞寺の監視役として残す使い魔を紫水晶(アメジスト)で作った後

さすがに疲れたしねーと言った凛は、もう一仕事してから帰る事にしたようだ。

ちなみに一成は、処置を終えたあと茂みに放置したままである。


「あと一仕事って、何するのよリン?」

「教会に行くのよ」

「教会?」

「そ、教会」


凛はポリポリと頭を掻きながら、何とも言えない表情で言った。


「曲りなりにも師だった訳だしね。師の尻拭いをするのは、弟子の役目でしょ」










続く


2005/12/28


By いんちょ



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