大団円を目指して



第8話 「決戦」







柳洞寺の地下、大空洞。

そこは、星を祭る祭壇とも、円冠回廊とも、心臓世界とも言われる始まりの場所であり、

そしてこれから殺し合いが始まる場所でもあった。


「―――さて、凛よ。おまえ達は、何故こんな所にいる?」


サーヴァント二人を従えた言峰が、凛に問う。

だが、凛は答えない。


「ふむ、答えるつもりは無いか。しかし解せんな。

 この場にいる事もそうだが、何故三組ものマスターが殺し合いもせず同じ場所にいられるのだ?」


言峰は、疑問を口にする。

だが、凛は答えない。

冷めた視線を言峰に向けたまま、答えない。


「凛。おまえはこの十年、今この時を待っていたのでは………」

「綺礼」


手振りを交え問い質す言峰の言葉を、凛が遮った。


「殺す前に、一応聞いときたいんだけど」

「何だ? 曲がりなりにも弟子たるおまえだ。答えられる事には、答えてやろう」


殺すという言葉に何ら反応を見せず、言峰が先を促す。

そして、凛は問う。





「―――アンタにも記憶、ある訳?」





意表を突かれたのか、息を呑み目を見開く言峰。

しかし、それもほんの短い間の事。

言峰は愉快げに凛達を一瞥した後、実に愉しげな笑みを浮かべながら言った。


「………これは、驚いた。奇蹟が起こったのは、私だけでは無かったという事か」


その言葉で、言峰にも自分達と同じ奇蹟が起こった事を、凛達は理解する。

つまりは、これから殺し合いが始まるのだ。


「驚いたんなら、もっとそれらしい顔したら?」


ポケットの中の宝石を握り締めながら、冷めた表情のまま挑発する様に凛が言った。

凛に、試合開始の合図を待つつもりなど無い。

先手必勝。

仕掛ける隙こそ無いが、無ければ強引に作るまで。


「十分に驚いているよ、凛。

 いや、本当に驚いた。

 これだけ驚いたのは、生を受けてから初めての事かもしれんな。ところで、凛」

「何よ?」


返事をしながら、凛は思考する。


出し惜しみは無し。

父の残した宝石を、今こそ使おう。

つらつらと綺礼が調子に乗って話す間にこいつをぶち込み、すぐさま引く。

この宝石なら、少なくとも綺礼だけは確実に殺れる。

後は、セイバー達に任せれば良い。

令呪も使えば、更に良しだ。


―――任せたわよ、セイバー。

―――承知。


パスを通じて、セイバーに確認を取る。

うん、問題無い。

万が一の時は、もう一つ(・・・・)の切り札もぶち込んでやるわ。


凛は、言峰が話し出すのを待ち―――





「衛宮士郎はどうした」





―――その言葉で、動けなくなった。





「………成る程。彼に奇蹟は起こらなかったか。さもあらん」


言峰は、一人頷いている。

凛は、動けない。

皆も、動けない。


「ちょ、ちょっと待って!! コトミネには、シロウにだけ記憶の無い理由が分かるのッ!!?」


そんな中、イリヤが一人声を上げた。

悲鳴じみた声だった。


「さて、な。

 無論、私とて実際の所は分からないが、やり直しを否定する男に奇蹟など不要だろう、アインツベルンの娘よ」


虚を突かれる思いだった。


奇蹟(やり直し)を否定する。

例え、己の死であろうとも。

それは、正に衛宮士郎。


腑に落ちる思いだった。





「では、殺し合おうか」





動揺する彼女等に一切構わず、言峰は淡々とどこかつまらなそうに宣言した。

その言葉を受け、横に並んでいた彼のサーヴァント二人が前に出る。

ランサーはやる気のなさそうな顔をしており、ギルガメッシュは酷薄な笑みを浮かべている。


「さて、久しいなセイバー。覚えているか、(オレ)が下した決定を」


ギルガメッシュが、セイバーを見据えながら言った。

無論、彼の目にはセイバーしか入っていない。


「古代の英雄王ギルガメッシュ、か………」


ポツリと、凛が言う。


―――さてさて、今の言葉に喰いつくかしらね、この金ピカは。


いつの間にか言峰のペースとなっていた現状を何とか打破しようと、凛は餌を撒く。

幸い、今の言葉に取り合えず興味を持ったのか、ギルガメッシュが凛に視線を向けた。

その赤い瞳に見据えられ、思わず息を呑む凛。

男の視線は、どうしようもなく冷たかった。


―――こいつ、わたしを人間扱いしていない。


例えるならば、路傍の石。

意識に留める必要すら無いのだろう。

分かってはいた筈だったが、今更ながらにサーヴァントの………ギルガメッシュの恐ろしさを思い知る凛である。

セイバー達がいるからこそこの視線に耐えられるが、

一対一ならあまりの威圧感に今の凛ですら心を裂かれていても不思議では無かった。


―――ふん、上等ッ!


だが、それは裏を返せば油断しているという事。

武装すらしておらず、私服のままである事が何よりの証拠だ。

要するに、記憶があるのは言峰一人。

ならば、その油断に付け込み一気に決着を付ける。


―――負ける訳には、いかないんだからッ!!


凛は、心の内で己を叱咤した。


「ほう、我を知っているか。ならば今すぐ跪くが良い、雑種」

「相変わらず無駄に偉そうね。サーヴァント(セイバー)どころか人間(士郎)にも殺されておいて」

「ふん、何を世迷言を。狂ったか」

「ご心配なく、正常よ。貴方の知らない事を知っているだけだから」


凛は続ける。

綱渡りな会話を。

奈落の上での、綱渡り。

その綱は、蜘蛛の糸より細く脆い。


だが、しかし。

全員が、ハッピーとなる為ならば。

言わば、大団円を目指すこの身なれば。

ならばこの程度の事、困難という言葉を使う事すらおこがましい。


―――遠坂凛を、舐めんじゃないわよッ!


凛は、懸命に思い巡らす。


この宝石は、ギルガメッシュにも効くだろうか?

問題ない。

かつてバーサーカーと戦った時―――といっても別の世界での話だが、

その時は確か四つの宝石で一度とはいえ殺せた筈だ。至近距離からの直撃だったが。


では、この距離で直撃しなかった場合は?

問題ない。

それこそセイバーに任せれば良い。

自分の役目は、キッカケとほんの少しの隙を作る事。

その為の道具が、十の宝石。二つの切り札。令呪が二つ。いや、三つ。

例え全てを使い切っても、こいつらはここで殺す。

こいつらを殺せば、聖杯戦争は半分がた………いや、ほぼ終わりと言っても差し支え無いだろう。

令呪を使い切ろうが、セイバーとはまた契約を交わせば良い。


ここまでの事を瞬時に思考した凛は、決めの言葉を口にする。



「―――もしかして、綺礼は英雄王たる貴方に、例の事(・・・)を話していないのかしら?」



怪訝な顔をしたギルガメッシュが、無造作に言峰へ視線を向けた。

絶対の余裕があるからこその振る舞いだが、それは紛う事無き隙である。


―――貰ったッ!!!


凛は、切り札の宝石をギルガメッシュに叩き付けようとした。

その時、凛の視界に両手を上げる言峰の姿が映る。





それぞれの令呪が存在する、両手が。


――――――しまっ………!!










「命じる。己の全てを以って、大聖杯を守れ」










気付いた時には、終わっていた。


「己の全てを以って、とはな」


気付けば、ギルガメッシュは光り輝く金色の甲冑で武装しており―――


「我が全力を尽くすなど、後にも先にも友との戦い只一度きりの事であったが」


気付けば、何もない空間に無数の宝具が現れており―――


「まあ、良い」


正に無数のその数は、十や二十ではきかず―――


「王たる我が、己の全てを持って大聖杯を守ろう」


気付けば、乖離剣(エア)を構え終えていた。





凛も桜もイリヤも、何一つ出来なかった。





セイバーは、仕掛けられなかった。

令呪が発動する瞬間ギルガメッシュに仕掛けようとしたが、そこにはランサーがいた。

令呪で強化されたランサーをかい潜り、一刀の元にギルガメッシュを切り伏せる事など不可能だった。

そして躊躇する間に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が開いており、その宝具の数は十や二十どころか二桁ではきかず―――


「これが、ギルガメッシュの本気ですか………」


―――実に千を超えていた。


それでも。

それでも、自分一人だけなら何とでもなった。

凛には話しそびれていたが、今の私には、聖剣は無論の事だがシロウから返された聖剣の鞘もある。

全て遠き理想郷(アヴァロン)

この世界における最強の守りであり、五つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極の一。

そう、自分だけなら例え乖離剣だろうと、無傷で敵全員を倒す事も出来たのだ。


しかし、アヴァロンは対人宝具。

守れるのは、自分だけ。

自分の後ろに庇えば、もう一人位は何とかなるかもしれないが、それも一人だけだ。

エアは無論の事、宙に浮かぶ千の宝具は、他の全てを惨殺するだろう。


ランサーさえいなければ、宝具を使われる前にギルガメッシュを倒す事も可能だったが、今となってはもう遅い。


故に、セイバーは動けなかった。



ライダーは、仕掛けなかった。

令呪を使われセイバーが動けないと分かった瞬間、既にこの場を離脱する事しか考えていなかった。


自分にとって重要な事は、桜の安全だけである。

敵の戦力がこちらを上回った今、桜を守る事しか頭には無い。

桜以外がどうなろうと、セイバーが死のうと、イリヤが死のうと、バーサーカーが死のうと、

私の知った事では無いのだ。


凛については、また別である。

己の命を掛けて助けられるならば命を掛けても、否、捨てても良い。

自分の命よりは、凛の命を優先する。

しかし桜と凛を両天秤にかけるなら、全く毛筋程の躊躇も無く、凛を見捨てて桜を助ける。

自分にとっては、当然の結論だった。

私は桜のサーヴァントであり、また桜は私の家族なのだから。


この場に士郎がいれば話は別だが、事実士郎がいない以上、桜の無事に勝る物など何も無い。


故に、ライダーは動かなかった。



バーサーカーは、元よりイリヤの命令が無ければ、あるいは直接的な危機でない限り動かない。





故に、誰もが何も出来なかった。





―――完全に、やられた。


凛は、自分の思惑が全て言峰に見破られていた事を悟る。

打つ手が、全く見付からないのだ。

千の宝具を背後に揃えあの乖離剣を構える相手に、更にはランサーもいるこの状況でどうすれば良いのか。

誰一人失わずこの場を勝利するには、どうしたら良いのか。


凛には、検討も付かなかった。





噴き出る汗が、身体を濡らす。

一触即発。

動けば始まる、始まってしまう。

手詰まりとなり圧倒的不利となった、現状。

絶体絶命。

極限の緊張感が、凛達を縛る。










それを破ったのは、ザクン、という音だった。










「言峰よォ………オメェ、今のが最後の令呪だって事、忘れてたんじゃねえだろうな?」





ランサーの槍が、言峰の心臓を貫いていた。











続く


2005/8/4


By いんちょ



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